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東京地方裁判所 昭和27年(ワ)9395号 判決

原告 社団法人都民住宅会

被告 杉山安太郎

主文

被告は原告に対し金六一六五円を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は全部原告の負担とする。

この判決は原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し別紙物件目録記載の建物一戸を明渡し、昭和二六年五月一日より右明渡し完了まで一ケ月五〇〇〇円の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、請求原因として、原告は本件家屋の所有権者であり、昭和二六年四月二七日以降被告に右家屋を賃貸していたところ、被告は昭和二六年五月一日より同年八月末までの家賃二五〇〇〇円を支払わなかつたので、昭和二六年九月一一日着の内容証明郵便で同日より五日以内に支払うべき条件付解除の意思表示をしたところ、被告は右催告期間を徒過したので被告の本件家屋に対する賃借権は昭和二六年九月一六日に賃貸借契約の解除によつて消滅したから、同日以後被告は無期限に本件家屋を占拠使用するものであり原告は所有権に基きその明渡しを求めるとともに昭和二六年五月一日より本件建物明渡まで一ケ月金五〇〇〇円の家賃及び家賃相当の損害金の支払を求めると述べ被告の答弁に対し本件建物競落の事実は認めるがその余の事実は否認すると述べ、立証として甲第一号証の一、二、甲第四ないし第一〇号証(但し第七号証は一、二)甲第一一ないし第一四号証の各一、二、甲第一五号証の一ないし三、甲第一六ないし第二〇号証を提出し、証人古谷洋(第一回)同糟谷むめ、同岡田多平次の各証言並に原告代表者本人尋問(第一、二回)の結果を援用し、乙第二号証の成立を不知と述べた外その余の乙号各証の成立を認めた。

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。」との判決を求め、原告の主張事実中内容証明郵便到達の事実は認めるがその余の事実はすべて否認すると述べ、原告の本件家屋に対する所有権を否認して、本件建物は被告の所有であつたが昭和二六年四月頃債権者の訴外墨田商工信用組合より競売を申立られていたので、被告は訴外山川兵策に依頼して同人の名義で右建物を競落することにしたが、その競落代金が調達できなかつたので原告代表者糟谷磯平に相談したところ、同人は訴外城南信用組合より被告のため融資を受けてやる旨約束し、それまでの一時立替金ということで、右競落代金として一三六、〇〇〇円を同人から借り受けて競落代金の支払を済ませ山川兵策名義に登記を経由したものであり、本件建物について原告都民住宅会と取引きをしたことはなく、又本件建物を原告に売渡した事実はない。その頃右建物の所有名義を右糟谷磯平は被告の交付した印鑑証明書等を利用して無効の売買契約書(甲第五号証)を作成しそれによつて無権限に山川兵策より原告に移転登記したものであり、登記名義は原告となつているけれども依然として被告が本件建物の実質上の所有者であり、現に被告が本件建物の敷地の地代を支払つているものであると述べ、被告の主張として仮に本件建物の所有権が移転し被告が右建物を賃借しているものであるとしても、それは借用した競落代金の担保としてこれを売渡し同時に賃貸借の形式で被告が使用することにしたもので右賃貸借は全く売渡担保の原因である借用金の利息支払を賃貸借契約の賃料に仮装した通謀虚偽表示であるから無効のものであり右賃料不払による家屋の明渡は不当であると述べ、更に原告は訴外城南信用金庫から前記競落代金相当の金額を借出しその融資金をもつて立替金の返済に当てればよい旨約束したに拘らず原告はいまだ城南信用金庫から融資をしてくれていないのであるから、右元本及び利息の弁済期日は未到来と解すべきであり、その不払による本件明渡の請求は失当であると述べ、

立証として乙第一、二号証、乙第三及び第四号証の各一ないし四、乙第五号証、乙第六号証の一、二を提出し、証人山川敏こと山川敏子(第一、二回)同山川兵策、同古谷洋(第二回)、同倉持勝雄、同浜田金之助、同町田竹蔵の各証言及び被告本人尋問の結果を援用し、甲第一号証の一、二、甲第四号証、甲第七号証の一、二甲第一〇号証、甲第一二号証の一、二、甲第一三号証、甲第一六号証、甲第二〇号証の各成立を認め、甲第一七号証は朱書部分を除いて成立を認め、その余の部分及びその余の甲号各証はすべて不知と述べた。

理由

原告は本件家屋に対する所有権を主張し、被告はそれを否認して所有権は実質的に被告にあり原告に売渡したことはないと争うから先づこの点について判断する。

成立に争いのない甲第七号証の一、二、甲第一三号証、乙第三号証の一ないし三、原告本人尋問の結果(第一、二回)によつて成立を認めうる甲第六号証甲第九号証証人倉持勝雄の証言によつて成立を認めうる甲第一一号証の一、二及び証人糟谷むめ同倉持勝雄の各証言並に原被告各本人尋問の各結果(但し被告本人尋問の結果のうち後記認定に反する部分を除く)によれば、被告は昭和二五年二月頃訴外中央信用金庫から同人が古くから居住している本件建物について抵当権に基いて競売を申立てられたので、かねて知合の訴外山川兵策に依頼して同人名義で同年一一月中に競落しその居住の場所を確保しようと考えたが、その競落代金一三七〇一〇円が支弁できず数ケ月に亘つて右金員の調達に奔走したが被告杉山訴外山川ともに経済的資力がなかつたので遂に再競売となりその期日が昭和二六年五月一日に指定されたので被告は同年四月二八日までに前記競落代金を支払うことにより再競売を避けようとしたが右競落代金払込期日の直前に至つても右金員を調達することができず困惑していたところ、競落代金払込最終日の三日前である昭和二六年四月二五日頃に至つて、かねて競売物件の売買を業とする訴外井上言平から原告代表者糟谷磯平を紹介されたので、同日その時まで全然面識のない同人をその自宅に訪問し、右競落代金の借用方懇請したが同人は都議会議員の選挙のため多忙で、にべなく拒絶されたので、競落代金払込最終日の前日である昭和二六年四月二七日頃朝九時頃再度同人宅を訪れ、漸く訴外城南信用組合から借受けるあつせん方の同意を得たが翌日の午前中に右競落代金を東京地方裁判所に払込まなければならなかつたので被告及び訴外山川の印鑑及び印鑑証明書等を整え、翌二八日朝三度同人方を訪れ右競落代金を入手したい一念から同人のいうままに本件建物の所有権を一時同人が代表者となつている原告に移転するのも止むを得ないと考え、同日一〇時過ぎ前記競落代金として金一三六〇〇〇円を受取り直に東京地方裁判所に赴いて競落代金の納入を済ませたものでその時右糟谷の言に従つて被告が訴外山川を代理し、原告代表取糟谷磯平が原告を代表して右山川を売主とし原告を買主とする本件建物の売買契約書(甲第六号証)その他必要書類一切を作成したものであることを認めることができ右認定に反する各証拠は措信しない。以上認定の事実関係からすると本件建物の所有権は一応原告に帰したものと解するのを相当とする。

次に被告は原告が右認定の通り本件建物の所有権を売買名義で取得したとしても、それは売渡担保の趣旨であるとし、原告は弁論の全趣旨からこれを争つているものと認められるのでこの点について判断する。

証人山川敏子の証言(第一、二回)によつて成立を認め得る乙第二号証、証人倉持勝雄の証言によつて成立を認め得る甲第一一号証の一、二、成立に争いのない甲第四号証甲第七号証の一、二及び証人山川敏子同山川兵策同倉持勝雄同浜田金之助の各証言及び原被告各本人尋問の各結果(但し右各証拠中後記認定に反する部分を除く)を綜合すれば、本件家屋は被告が長年居住していたもので被告としては当時四五〇万円程度の時価のあつた本件家屋を競落代金相当の前記金額をもつて終局的に原告に譲渡する意思は毛頭なく、むしろ近い将来右家屋を有利に転売しようとしていたことが伺がわれるし、原告としても本件家屋の所有権を取得して直にこれを利用したり又は処分する意思があつたものではなく従つて前認定の甲第六号証記載の売買契約と同時に甲第五号証記載の賃貸借契約を締結して被告がこれに居住することは許していたものであり、登記名義も昭和二六年一一月八日まで原告に移転しないままにしてあつたこと、所有権移転後四ケ月を経過した昭和二六年八月頃被告が訴外浜田金之助と同道して糟谷方に赴き前記借金の返済の延期を交渉したことのあること、を認めることができ、証人糟谷むめの証言並びに原告本人尋問の結果のうち右認定に反する部分は措信しないし、その他右認定に反する証拠は措信しない。以上認定の事実関係からすると本件家屋の所有権は糟谷が立替えた競落代金の担保のために売渡されたものと解するのを相当とする。

被告は本件家屋についての賃貸借契約は売渡担保の利息支払を賃貸借契約の賃料に仮装したもので通媒虚偽表示で無効のものであると主張するのでその点判断する。

前記甲第五、六号証、甲第九、一〇号証に証人山川敏子の証言及び原告被告の各本人尋問の結果を綜合すると前認定のような売買契約と同時に原告主張の賃貸借契約が為されたことを認めうるところであり、右売買が売渡担保であることは前認定のとおりであるが、例え売渡担保が実質であつても賃貸借契約の合意はあつたのであるからこれを直ちに無効の契約というべきではないのでその点において被告の主張は当らないものである。しかし売渡担保に伴つてなされる賃貸借の賃料は特別の事情のない限り実質的には利息であると解すべきであるから(本件について特別の事情を認めるに足る証拠はない)右賃料の支払を怠つたとしても特約のない限り元本の弁済期の到来までは賃貸借契約を解除することは許されないものと解すべきところ、本件についても原告の主張する昭和二六年九月一一日頃元本の弁済期が到来していたことは原告の主張立証もないのでこの点において原告の賃貸借契約の解除を理由とする本件家屋の明渡及び損害金の請求は失当である。

最後に、原告は昭和二六年五月一日より契約解除の同年一〇月一六日までの家賃の支払を請求しているのでその点について判断する。

右一ケ月五〇〇〇円の家賃は前記認定の通り実質上元本たる一三六〇〇〇円に対する利息であるから、その賃料額が相当であるかどうかは本件家屋の価格を基準として見るべきではなく債権額を基準としてその当否を決すべきであり、一般に売渡担保においては債務の弁済のない場合担保物件を換価しないで取得するような特別の場合を除いて――本件は前認定のように糟谷が立替えた競落代金の担保のために売渡されたもので右代金を返済すれば本件建物の所有権は被告に返還される約旨であり、不払のとき右代金に代えて建物の所有権を原告が取り切るような趣旨ではなかつたことが、証人浜田金之助の証言、被告本人の供述及び弁論の全趣旨から窺われる――被担保債権の利息である賃借料にも利息制限法が適用されるものと解するのが相当である(賃貸料名義であれば利息制限法を超過してもよいというのでは同法は容易に脱法されることになり利息制限法の法意に反することになる。)そうだとすると本件についての賃料は元本一三六〇〇〇円について旧利息制限法第一条第一項の認める利息の最高額は一ケ月一二三三円(四捨五入による)であること算数上明らかであるから右限度において有効であるがそれを超える部分は無効と解すべきである。そして原告代表者の本人尋問の結果によつて成立を認めうる甲第五号証によれば家賃の弁済期日が毎月二八日であることが認められるから、被告は昭和二六年五月分より同年九月分までの賃料として六一六五円を支払うべき義務ありというべきである(原告は昭和二六年九年一六日までの賃料を請求しているが賃料額が一ケ月分として約定されていることは前認定のとおりであり、原告としては九月分として全部の賃料を請求する意思あるものと解するのが相当であるので九月分として全額について判断する)

よつて原告の本訴請求は六一六五円の金員の支払を求める限度でのみ理由があるからその範囲においてその請求を認容し、その余の点はすべて理由がないからこれを棄却することにし、訴訟費用の負担については第八九条、第九二条但書を適用してその全部を原告の負担とし、仮執行の宣言については同法一九六条を適用して、それぞれ主文の通り判決する。

(裁判官 石田哲一)

物件目録

東京都墨田区江東橋一丁目四番地一二号所在家屋番号同町四番ノ一二

一、木造亜鉛葺平家店舗壱棟建坪弐拾八坪弐合五勺の内向て右の角の一戸建坪拾五坪五合

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